【ちうめせんVol.3】第3節 VS 帝京第三高校戦マッチレポート
元なでしこリーガーの伊藤千梅が自らの視点で描くマッチレポート「ちうめせん」。
山梨県女子サッカー1部リーグ第3節の帝京第三高校戦のマッチレポートを描きました。
文章:伊藤千梅より
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静かになったクラブハウスで、ミーティングが始まった。風が窓を叩く音がよく聞こえる。
「ノーボイス、ノーウィン」
試合中に声を出せなければ、勝てない。
全員の声掛けがあるべきなのだと、辻先生の言葉を、改めて監督が皆に伝えた。
その言葉の上で、今日はどんな”声”が聞けるのだろうか。耳を研ぎ澄まし、濡れた芝生の上に立って試合開始を待った。
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「最初から最初からー」
7.工藤選手の声で試合が始まった。
序盤から元気の良い相手の掛け声に紛れて、1.ミノ選手が、普段の穏やかな表情とはまた違った、力強い声で指示を出し続ける。
ダイレクトや2タッチでのパスが繋がるふじざくらのサッカーは、相変わらず面白い。相手の間に顔を出し、少ないタッチでもパスを受けられるような立ち位置を取り続ける。
惜しいシュートは何本か出るが、コーナーキックになった。コートの角にボールを置くと、観客席からはキッカーを盛り上げる手拍子が鳴る。
そこから何本か点数が決まり、ナイスー!とベンチの選手からも声があがった。
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左サイドがごたつき、ボールがタッチラインを割った。9.金井選手から、「次々。合わなかった時だぞ!」と聞こえる。
ピッチ外のおどけた表情から一変し、ピッチ内では熱い。
その金井選手が、DFラインがパスを回していく中で、「逆サイドが空いている!逆!」と、自分の立ち位置ではない場所への指示を飛ばす。
強風にかき消され、逆サイドからの声はほとんど外にまで届かない。プレーしている選手たちにとっても、真ん中からの声かけは、プレーの選択肢を増やす要因になると感じた。
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風が強まった。体が冷え込んで、コートの前を閉じる。
今シーズン初の、公式戦での失点。DFラインとキーパーがすぐに話す。
その直後の攻撃では、前線が取られた瞬間にミノ選手の声が聞こえた。「切り替えろ!いけ!」10.清水選手が最初にプレッシャーをかけ、金井選手が相手のコースを切り、田中選手で取り切る。その間、ミノ選手の声はやまない。
失点直後、どうしても気持ちが落ち込む。それでもゴールキーパーとして、その時試合に出ている責任を全うする姿に圧倒された。
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風が止んだ。声が通る。
後半も、キーパーから絶えず指示が聞こえてきた。普段、周りによく気を遣う12.風間選手に、最年少であるといった試合中の遠慮は見当たらない。
11.中塚選手が「奥あるよ」と言いながらボールを受けに落ちる。動き出しとは逆に、手は別の味方を指す。パサーが手の先へパスを出すと、すかさずそのフォローに入った。
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後半のきつい時間帯。
短いタッチ数のパスが繋がる。しかし、最後が合わずカウンターを喰らう回数が増えた。
些細なミスからの失点が続く。
16.辻野選手から「下向くな!やること一緒だよ!」と声が上がった。
点を決められた相手への5.高山選手のスライディング。激しいタックルだが、確実にボールを捕らえている。2度目はないと、そのワンプレーで見せつけた。
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濡れるか濡れないかの小雨の中、6-3で試合終了。
「ノーボイス、ノーウィン」であるとするならば、勝ち切れた今回の試合は、個々が声かけというものを意識していた結果なのではないか。
それでも、試合後お話を聞いた選手たちは、口を揃えてまだまだだという。
声を出すことは目的ではなく、手段。ただ盛り上げるだけが、外に聞こえているものが、求められる声ではない。
勝つために。このチームがより良くなるために。その時その時で言葉を選び、伝えていく。
まだ、目指せる先がある。
このFCふじざくら山梨というチームが、立場も状況も全て取っ払い、勝つための言葉が溢れてやまないチームになった瞬間。
その時、このチームが魅せてくれるサッカーはどんなものだろう。
風の音がおさまったグラウンドで耳を澄ますと、未来の歓声が聴こえる気がした。